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耐火被覆

耐火被覆とは、鋼材(鉄骨・鉄骨梁・鋼製柱など)を火災の高温から守るために、熱に強い材料で覆い、構造体の温度上昇を遅らせる受動的防火(パッシブファイアプロテクション)のことです。鋼材は約500~600℃で耐力が急激に低下するため、所定時間(30分・45分・60分・120分など)の耐火性能を確保するには被覆が不可欠です。

S造(鉄骨造)は、適切な耐火被覆を行うことで高温下でも構造安定性を保ち、延焼や構造損傷の進展を抑えられます。RC造(鉄筋コンクリート)やSRC造(鉄骨鉄筋コンクリート)はコンクリート被り厚自体が被覆として機能し、一般に追加の被覆を要さない設計が可能です(ただし部位・用途により要件差)。れんが造も材料特性上耐火性が高いことが知られます。

耐火被覆の目的と機能

目的は「構造体の温度上昇を遅らせ、所定時間、倒壊や層崩壊を防ぐ」こと。避難時間の確保、延焼拡大の抑制、消防活動の余裕確保につながります。

● 鋼材の高温特性と被覆の役割

鋼材は常温では強靭ですが、高温でヤング率・降伏強度が低下します。被覆材料は低熱伝導・不燃・断熱性により鋼材表面の温度上昇を緩慢化し、部材の座屈・塑性化・接合部損傷を抑制します。梁・柱・間柱・ブレースなど各部位で必要性能が異なる点に留意します。

● 耐火時間と避難安全

建物用途・規模に応じて要求される耐火時間は変動します。多数の避難弱者がいる用途や高層・広面積の建築物では長い耐火時間が必要で、被覆厚・工法選定が直結します。被覆はスプリンクラー等の能動的設備と相補的に計画します。

火災時の温度履歴は火源・可燃物・換気条件に左右されるため、標準加熱曲線や実大試験の知見を基に安全側で設計します。被覆は「平時は目立たないが、万一で効く」最後の砦です。

主な工法と材料(乾式・湿式・塗覆装)

工法は大別して「吹付」「被覆板巻き」「モルタル等の湿式」「耐火塗料(膨張性塗料)」の系統があります。部位・意匠・工程・コストで使い分けます。

● 吹付けロックウール等の吹付工法(湿式)

繊維系材料をスラリー状にして鋼材へ吹付け、所定厚を確保する工法。複雑形状に追従しやすく、連続被覆による熱橋低減が期待できます。一方で、粉じん管理・厚さの均一性・仕上げ性に配慮が必要です。耐水・表面保護のトップコートを併用する場合があります。

● 耐火被覆板(ケイ酸カルシウム板等)による乾式巻き

板材をカットし、金物で鋼材を囲う工法。仕上がりがきれいで、現場環境の影響を受けにくく、改修でも採用しやすいのが利点です。継ぎ目のシーリング・固定ピッチ・隙間解消を厳密に管理しないと、熱橋や剥離の原因になります。

● モルタル・軽量コンクリート等の湿式被覆

現場打ちで厚肉の被覆層を形成する方法。耐久性・耐衝撃性に優れますが、自重や施工性の面で検討が必要です。付着性・ひび割れ・養生を適正管理し、鉄骨との界面剥離を防止します。

● 膨張性耐火塗料(薄膜型)

平時は薄い塗膜、火災時に発泡して断熱層を形成する塗料。意匠性を保ちつつ耐火を確保でき、露出鋼材に適します。下地処理・塗布量・膜厚測定が命で、屋外は耐候性の上塗りを要するなど仕様管理が必須です。

いずれの工法でも、部材形状(H形鋼・箱形・円形)、耐火時間、暴露条件(屋外・湿気・衝撃)に応じた採用可否と仕様細目を、認定書や試験成績で確認します。意匠・音・調湿・施工環境の合意形成も前段で整理しましょう。

認定番号と設計厚:適合確認のプロセス

国土交通大臣の耐火・防火認定(例:FP120BE-xxxx 等)に基づき、部位・時間・仕様の一致を確認します。被覆厚は部材断面・加熱面数で変化します。

● 設計段階:部位×時間×工法の一致

設計図書に対象部位(梁/柱/外周部材)、要求耐火時間(30・45・60・120分等)、採用工法(吹付・板・塗料)を明記し、該当する認定書の仕様(層構成・固定ピッチ・目地処理)を添付します。梁・柱で要求が異なる点、開口まわり・貫通部の処理が弱点になりやすい点を踏まえて納まりを決めます。

● 被覆厚の決定と厚さ管理

同じ耐火時間でも、鋼材断面係数(A/P)や加熱面数で必要厚は変わります。メーカーの仕様表・設計ツールで厚さを特定し、現場では膜厚計・ピンゲージ等で実測確認。継ぎ目・角部・ボルト周りの実効厚確保がポイントです。

認定番号は「耐火・防火認定番号」の章で触れた通り、記号の誤読・旧版使用を避け、最新版の適用範囲を参照します。省令準耐火・準耐火建築物・耐火建築物など建築基準上の区分とも整合を図り、申請・審査・保険の説明で同じ根拠を用います。

施工品質の要点(エビデンスと検査)

「所定厚の連続性」「付着・固定の確実性」「ディテールの納まり」を、写真・記録・試験で可視化。後日の改修・保険査定の根拠にもなります。

● 施工前・施工中の管理項目

下地清掃・防錆、プライマーの適合、吹付け条件(水量・圧力)、板の固定ピッチ・金物仕様、塗料の希釈率・乾燥時間・塗回数など。各工法で試験片・試し塗りを行い、厚さ・付着・外観を確認してから量産に入ります。

● 完了検査と記録化

膜厚測定記録、写真台帳(近景・遠景・スケール)、材料納品書・ロット、施工要領書、是正記録、検査サインオフ。開口部・仕口・端部は重点的に撮影し、連続性を証明できる形で残します。外装暴露の場合はトップコートの仕様・塗布量も記録化します。

テナント入替・天井解体で被覆が切れてしまう事故が散見されます。改修・設備更新時は、被覆連続性の点検・補修を工事手順に組み込み、引渡し前に是正完了を確認します。

維持管理と劣化・損傷への対応

被覆は経年・機械的衝撃・漏水・凍結融解・紫外線等で劣化・欠損します。定期点検と小さな補修の積み重ねが、非常時の性能を守ります。

● よくある不具合と兆候

欠け・剥離・クラック・錆汁(被覆の裏で腐食進行)・膨れ・変色・トップコートのチョーキング。倉庫・駐車場・工場など衝撃の多い環境では板の浮き、吹付の欠落に注意します。屋外暴露は紫外線・雨水で塗膜劣化が早く進みます。

● 補修の基本手順

健全部分まで確実に剥がし、下地の防錆・プライマー、既存仕様と同等以上の材料で段差なく復旧。小面積の補修でも連続厚を確保し、熱橋を作らない納まりを選びます。補修後は写真・膜厚記録を残します。

水漏れ・結露は被覆の劣化を早め、鋼材腐食の原因にもなります。排水計画・結露対策・空調バランスを見直し、定期清掃・点検とセットで維持管理計画に織り込みます。

保険実務での活用(耐火性能割引・リスク説明)

耐火被覆は、火災時の損害拡大を抑制し、復旧費・休業期間の縮小に寄与します。保険料率や割引適用、査定・支払の合理化にもつながります。

● 構造・性能の証明と割引適用

耐火建築物・準耐火・省令準耐火の適合、T構造/H構造の判定、外壁・軒裏・梁柱の被覆仕様は、認定番号・設計図書・写真台帳で裏付けます。適合が明確であれば「耐火性能割引」等の検討材料になり、加入者へのリスク説明も具体化します。

● 事故時の査定と復旧のスピード

被覆の有無・連続性は、受熱履歴・変形度・鋼材健全性の評価に影響します。事前にエビデンスを整備しておくと、損傷部位の特定・部分補修の妥当性判断が早まり、工期短縮と事業中断の最小化に貢献します。

保険の設計面では、適正な保険価額(新価)・保険金額・免責設定と併せ、耐火被覆・区画・感知・初期消火の多層防御を整備し、総合的にリスクを下げる発想が重要です。

よくある誤解・NGと回避策

「部分的な未施工でも大勢に影響ない」「塗装で隠せばOK」「別仕様でも同じだろう」は誤り。認定仕様から外れれば性能は担保されません。

● ディテール軽視のリスク

ボルト頭・隅角・継ぎ目・貫通部の被覆欠落は、局所的な熱橋となり初期降伏を誘発します。小さな“穴”が性能全体を台無しにするため、重点箇所の厚さ実測・写真化をルーチン化します。

● 認定外の代替・混用

メーカーが定めた層構成・金物・塗布量からの逸脱、別製品の混用は不可。やむを得ず代替する場合は、同等性能の評価資料と監理者・審査機関の確認を経て、記録に残します。

テナント工事・設備更新・配線増設の際に無意識に被覆を剥がす事例が多発します。工事届出の段階で「耐火被覆への影響評価」を必須にし、原状復旧の完了検査を義務づけると事故を防げます。

耐火被覆についてのまとめ

耐火被覆は、鋼構造を火災から守るための基本装備です。用途・部位・要求時間に応じて適切な工法と厚さを選び、認定番号・仕様書・写真で「設計=施工=維持」の整合を取ることが肝要です。

点検・補修・記録の三点セットを平時から回し、改修・テナント工事でも連続性を守れば、非常時の構造安定性と復旧の速さが段違いになります。保険の割引や査定でも優位性が生まれるため、被覆を“見えない安全装置”として戦略的に管理しましょう。