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偶然性

「偶然性」は“保険の3要件(急激・偶然・外来)”の中核で、事故や損害が故意ではなく予見困難であったことを意味します。

保険が機能するためには、損害の発生が計画的・必然的ではなく、結果の発生が不確実であったことが必要です。火災保険においては、突発的な強風・飛来物・落雷・水災などは「偶然性」を肯定しやすい一方、経年劣化や摩耗・腐食・施工不良など“時間をかけて進む変化”は偶然性を満たさないと判断されやすい領域です。さらに、実務では「急激性(短時間で突然に起きたか)」「外来性(外部からの力が作用したか)」と併せて評価され、いずれかが欠けると支払い対象外となる可能性があります。保険の3要件が同時にかみ合うほど事故性の立証は強固になり、反対に要件の欠落や曖昧さは不認定のリスクを高めます。保険請求では、偶然性の有無が争点となる場面が多く、因果関係の説明と証拠化の精度が結果を大きく左右します。

主観的偶然性と客観的偶然性

主観は“本人に予見・意図がない”、客観は“第三者から見ても結果が不確実”という二層で偶然性を捉えます。

主観的偶然性は、被保険者本人の立場から「わざとではない」「通常の注意を払っていても防げなかった」という内面的事情を指します。例として、営業時間外に突風で看板が外れた、深夜の落雷で機器が故障したなど、本人の意思や操作とは無関係に損害が生じた場面が該当します。本人が危険を認識しながら放置していた、あるいは確実に結果が生じることを容認していた場合は主観的な偶然性が揺らぎます。

客観的偶然性は、第三者が合理的に評価しても「結果の発生が不確実であった」「通常の経過では起こりがたい」と認められることを意味します。たとえ損害部位に弱点(経年の緩み等)があっても、最終的な破損が外力の作用による突発的結果であれば、客観的偶然性が肯定され得ます。逆に、緩慢な腐食や雨仕舞いの欠陥など内在的原因が主要因と判断されると、客観的偶然性は否定されやすくなります。

実務では主観・客観の双方を併せて検討し、当該事故について「本人の故意・重過失の有無」「第三者が見ても偶発的といえるか」の二段で評価します。この二層の一致が強いほど偶然性の立証は安定し、他方の層に欠陥があると反証を受けやすくなります。

保険の3要件との関係・立証責任・典型争点

偶然性は“急激性”“外来性”とセットで判断され、請求側には事故性を裏づける事実提示が求められます。

急激性は「短時間に一気に発生したか」、外来性は「外部からの力が作用したか」をみます。台風の最中に棟板金が一夜で飛散した、飛来物が窓に衝突した、落雷で基板が焼損した等は、急激かつ外来的な事象であり偶然性の枠組みに適合しやすい事例です。反対に、コーキングの痩せや鉄部の錆進行、シーリングの劣化、施工時の雨仕舞い不備などは内在的・漸進的要因とされ、3要件のいずれかが欠ける論点になりやすい領域です。

立証の負担は、一般に請求者側が負います。写真・動画・図面・修理業者の所見書・点検記録・引渡書・気象データ・第三者証言・時系列メモなど、事故の「原因→作用→結果」をつなぐ情報を積み上げ、偶然性を裏づけるのが基本です。「事故前は正常であった」という資料(直近の点検写真、工事報告、定期検査記録)があると、内在劣化との区別が明瞭になります。

典型争点として、台風後の雨漏りが強風による瓦のズレ起因か、経年の隙間・施工不良かという因果の分かれ目、また、落下・衝突損害が飛来物による偶発事象か、日常使用の摩耗かという評価の違いが挙げられます。同じ「壊れた」という結果でも、最終原因が偶然的外力か内在的劣化かで適用判断は大きく変わります。

実務での活用例と書面化のコツ

「いつ・どこで・何が・どう起きたか」を一文で要約し、因果の線を短く・明確に示します。

例1:風災による屋根破損

十月十二日二十二時頃、突風音の直後に屋根で大きな衝撃音を確認。翌朝、棟板金の浮き・釘抜け・飛散痕を発見。前週撮影の屋根写真では異常なし。気象記録にも当該時間帯の瞬間風速上昇が記載。— 時刻・音・現認・過去写真・気象データの整合で、外来・急激・偶然を補強します。

例2:飛来物によるガラス破損

商店街で夜間に看板の一部が外れ、隣接店舗のショーウィンドウを直撃。防犯カメラ映像に飛来状況が残存。当該店舗には破損前の健全性を示す点検記録あり。— 客観記録と健全性の裏付けが偶然性の立証を強化します。

例3:落雷による設備故障

瞬時停電のログ、同時刻の近隣落雷情報、ブレーカ作動記録、基板焼損痕の写真を収集。— 時系列の一致と物的痕跡が「偶然の突発事象」を裏づけます。

提出時の工夫として、冒頭に「原因→作用→結果」を短く書くこと、被害拡大防止(ブルーシート・止水・応急補修)の実施記録を残すこと、見積書の工事項目と損害部位を一対一で対応付けることが挙げられます。これにより、査定側の読み取り負荷が下がり、偶然性の枠付けがスムーズになります。

また、内在劣化が疑われやすい部位(シーリング、金属部、木部含水、RCの中性化など)は、直近点検の写真や数値(含水率、中性化深さ、腐食減肉の測定値等)を活用し「事故直前は許容範囲だった」ことを示すと有効です。併せて、周辺の被害分布(近隣でも同種破損が多発)を示せれば、外力の広域性も補強できます。

偶然性についてのまとめ

偶然性は“故意でない不確実な結果”であり、急激性・外来性との三位一体で評価されます。証拠の質と因果の明確化が適用可否を左右します。

押さえるべきポイントは、主観と客観の二層構造を意識して偶然性を説明すること、急激(短時間)と外来(外力)と偶然(不確実)を一体的に立証すること、そして書面全体を「原因→作用→結果」の短い因果線で貫くことです。不認定に至りやすいのは、経年劣化・腐食・摩耗・施工不良など内在的・漸進的な原因が主要因と判断されるケースです。これに対して、台風・落雷・飛来衝突など突発的外力の関与を、時系列・物的痕跡・第三者記録で具体的に示すことで、偶然性の評価は大きく前進します。適切な記録化と提出設計により、正当な補償の獲得に近づけます。